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大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)80号 判決 1990年1月26日

原告 谷内春枝

被告 日本たばこ産業株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六一年九月一〇日付で原告に対してした塩小売人不指定の処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件処分の存在及び経緯

原告は、昭和六一年七月二日付で、被告に対し、予定営業所を京都市上京区河原町通荒神口上る宮垣町八三番地(以下「本件予定営業所」という。)とする塩小売人指定申請(以下「本件申請」という。)をした。

被告は、同年九月一〇日、本件申請に対し、「塩販売見込数量が塩販売標準数量に未達」との理由で不指定とする処分(以下「本件処分」という。)をし、右処分は、同年一〇月六日付の書面で原告に通知された。

2  しかし、本件処分の根拠となった塩専売法(昭和五九年八月一〇日法律第七〇号。以下「法」という。)等の規定は違法であり、本件処分は効力を有しない。又、本件処分は違法である。

3  よって、原告は、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

1  塩専売制及び塩小売人指定制とその合憲性について

(一) 塩専売制について

塩専売制の目的は、塩が人の生命維持に必要不可欠な生活必需物質であり、かつ、化学工業の重要な基礎原料でもあることの重要性に鑑み、塩の需給と価格の安定を確保し、国内塩産業の自立化に向けその基盤を強化し、もって国民生活の安定に寄与することであり(法一条)、塩専売制は公益の維持増進を目的とし、公共の福祉に合致する必要不可欠な制度である。

(二) 塩小売人指定制とその合憲性について

塩専売制の実効性を担保・補完し、右目的を達成するため、法は、被告または被告が指定した塩の小売人に塩を小売りさせることができる(法一九条一項)と規定するとともに、被告または指定を受けた小売人でなければ塩を販売してはならない(同条二項)と規定し、次の内容の塩小売人指定制を採用している。すなわち、塩小売人指定に関して小売人の人的欠格条件を定めているほか、小売人の営業所の設備、塩の販売予定数量等を考慮することとし(法二二条)、指定期間(五年以内)経過後に指定を更新するか否かにつき被告の裁量によることとする(法二三条一項、三項)。被告は、小売人に対し、営業所及び貯蔵所の設備、引取方法、備えておくべき塩の種類及び数量、塩の販売及び保存の方法並びに塩を販売する場合における販売先、用途、数量及び時期について指示することができ(法三二条一項)、塩小売人の販売する塩の上限価格についても被告が定める(法二九条)など、塩小売人に対し、諸種の義務を課し、被告の監督に服させる。

塩小売人指定制は、塩専売制の制度目的を実現するために法が設けた必要かつ合理的な措置であって合憲である。

2  販売標準数量(予定営業所において一年間に販売すべき塩量の最低基準)による塩小売人指定基準とその合憲性

(一) 塩小売人指定基準の規定について

法及び塩専売法施行規則(昭和六〇年三月五日大蔵省令第六号。以下「規則」という。)は、指定についての裁量の基準を定め、同基準の具体的適用は、専門技術的見地に立った被告の合理的裁量に委ねている。被告は、塩販売人指定事務取扱手続(昭和六〇年四月一日社長・塩事業責任者達4。以下「手続」という。)及び塩小売人指定事務取扱細則(昭和六〇年四月一日塩(企)第二三号。以下「細則」という。)を定め、法及び規則の基準の内容をさらに具体化している。

(二) 販売標準数量による指定基準について

法、規則、手続は、申請者が塩小売人に指定されるためには、原則として、申請者の予定営業所における販売予定数量(販売見込数量)が販売標準数量に達しなければならないと規定している(法二二条三号、規則一八条、手続二三条六号)。規則、手続、細則が定める販売標準数量及び販売見込数量の算定方法は次のとおりである。

(1) 販売標準数量

販売標準数量の設定は、都道府県ごとに予定営業所の所在地の区分に応じて定められている標準供給人口に一人当りの消費量を乗じた数量とする(規則一八条、手続二五条一項)。

右の一人当りの消費量は、各都道府県の各地域ごとにその地域内の年間小売人販売実績数量(指定更新年度前の三か年の各年度ごとの販売数量)を人口(指定更新年度前の三か年の各年の一〇月一日現在のもの)でそれぞれを除したものの三か年の平均数量とする(手続二五条二項)。

なお、被告は、一人当りの消費量及び販売標準数量の決定並びにそれぞれの販売標準数量を適用すべき地域区分の指定を行い、また、指定の更新時にこれを改定することになっている(手続二五条三項)。

(2) 販売見込数量

販売見込数量の算出は、申請者の供給見込区域内の人口に、一人当りの消費量を乗じた数量とする(手続二六条一項)。そして、供給見込区域は、原則として申請者の予定営業所と隣接する既設小売人との距離の中点に垂線を立て(但し、ある方向に既設小売人がない場合には、申請者から五〇〇メートルの地点を中点とみなして垂線を立てる。)、その各交点を結んだ区域内を申請者の供給見込区域とする。さらに、付近の地形等により必要と認められた場合には、合理的に区域を補正して設定する(以上、手続二六条二項、細則一九条(1))。販売見込数量を算出するときの一人当りの消費量は、販売標準数量の決定に用いた一人当りの消費量による(手続二六条三項)。

(三) 販売標準数量による指定基準の合憲性

小売人指定の基準として右(二)の販売標準数量を設けているのは、次の理由によるのであり、右基準は、塩専売制の目的に適合し、塩専売制の一貫として公益の維持・増進のため必要かつ合理的なものである。

すなわち、塩が個々の国民の生活の本拠である家庭で消費されるものであり、しかもその価格がいずれの場所で購入してもほぼ一定であり、購入頻度及び購入量はごく少なく、居住地域付近の小売人から購入されるという最寄品としての商品特性を有するものであって、一定地域内の塩の消費量は、当該地域内に存在する塩小売人の多寡にかかわらずおおむね一定していると考えられ、仮に、販売標準数量による指定の制限規定を設けなければ、塩小売人の乱立を招来し、ひいては、流通経費の増大(なお、現行法制上、配達に要する経費は被告の負担である。)、売れ残り品の発生に伴う声価維持費の増大を招きかねず、その結果、塩の販売価格の上昇、被告の塩小売人に対する効果的な指導監督や、専売事業の効率的・経済的運営の阻害といった事態が起きることも考えられる。したがって、このような弊害の発生を防ぎ、消費者の利便性を損わないようにするためには、塩小売人の販売量の最低基準を設けなければならないし、また、塩の商品特性、消費者の購入量、購入頻度及び購買態様からして、販売見込数量の設定については、主として居住人口に着目した算出方法を採用するのが合理的である。

(四) 以上によれば、販売標準数量による指定基準(法二二条三号、規則一八条、右(二)掲記の手続等の規定)は、塩専売制及び塩小売人指定制の前記目的達成のために必要かつ合理的なものであるから、いずれも合憲である。

3  本件予定営業所の販売標準数量及び販売見込数量

(一) 販売標準数量について

本件予定営業所の所在地は、規則一八条及び手続二五条に定める市制施行地(規則一八条、手続二五条では第二区分)に該当するから、標準供給人口は一〇〇〇人であり、一人当りの消費量は本件予定営業所の所在地が属する京都府のうち市制施行地における年間小売人販売実績(指定変更新年度である昭和六一年度の前三か年度分)を人口(昭和五八年、昭和五九年、昭和六〇年の各一〇月一日現在の人口)でそれぞれ除したものの三か年平均数量である二・六キログラムである。

したがって、原告に適用される販売標準数量は、一人当りの消費量である二・六キログラムに標準供給人口である一〇〇〇人を乗じた数量である二六〇〇キログラムとなる。

(二) 販売見込数量について

(1) 供給見込区域の設定

原告の本件申請については、昭和六一年八月二九日実地調査を行ったうえで、手続及び細則の定めるところにより、本件予定営業所と隣接する既設小売人の営業所との位置関係に基づいて、供給見込区域を設定した。すなわち、本件予定営業所を中心に、東南方向約八五メートルの地点には谷楢一小売人の営業所が、東北方向約三一〇メートルの地点には、吉田美代子小売人の営業所が、北方向約八三五メートルの地点には安井明小売人の営業所がそれぞれ設置されているので、住宅地図を用いて本件予定営業所とこれらの既設小売人との距離の中点にそれぞれ垂線を立て、西方向に京都御所が大きな面積を占めて位置しその西側地域と遮断されている状況にあることから、京都御所の東側境界に沿って南北に線引きをすることで前記各垂線の各交点を結ぶ直線による区域に合理的な補正を加え、原告の供給見込区域を設定した。

(2) 供給見込区域内の人口

供給見込区域内の人口を実数で把握することが困難な場合には、供給見込区域内の世帯数を把握し、その世帯数にその地区の平均世帯人口を乗じたものを供給見込区域内の人口として差し支えないとされている(細則一九条(2)ロ)。被告は、本件の供給見込区域内における人口の実数による把握が困難であったため、右推計の方法によって供給見込区域内の人口を算出した。すなわち、右(1)で設定した供給見込区域内には、東桜町、中御霊町の全部、宮垣町、荒神町、松蔭町、上生州町、亀屋町、染殿町、北之辺町、梶井町の各一部が含まれるので、昭和六〇年一〇月一日実施の国勢調査による資料に基づき右各町別の世帯数と人口を調査して、右世帯数を実地調査により確認し、右調査によって得られた数値から各町別に一世帯当りの平均人口を算出し、これに本件の供給見込区域内に含まれる世帯数を乗じた人口を合計した。以上により算出された本件供給見込区域内の人口は五六六人となった。

(3) 販売見込数量

本件予定営業所所在地の地域における一人当りの消費量は、二・六キログラムであり、これに(2)で算出した本件供給見込区域内の人口である五六六人を乗じた一四七二キログラムが本件予定営業所における販売見込数量となる。

(三) 右(二)のとおり、原告に適用される販売標準数量は二六〇〇キログラムであるが、本件予定営業所での販売見込数量は一四七二キログラムしかなく、右販売標準数量に達しない。

なお、申請者の販売見込数量が、販売標準数量に達しないと認められる場合でも、客観的に塩の需給上特に必要と認められる場合(手続二四条一項)や、政府の産炭地域振興対策に基づき、産炭地の塩小売人が同一支社管内に営業所位置変更または他支社管内に移住した場合(手続二四条二項、細則一七条(2))については、特別の配慮から指定についての特例が定められているが、原告の場合は右特例に該当する事実はなかった。

4  本件処分の適法性

前記3のとおり、被告は、法、規則、手続及び細則に則って審査した結果、原告の本件申請は、法二二条三号に該当すると判断し、本件処分をしたものであり、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は認め、主張は争う。

2(一)  同2(一)、(二)の事実中、法、規則及び手続、細則の各規定は認める。

(二)  同2(三)、(四)の主張は争う。

3  同3の事実及び主張は争う。

4  同4の主張は争う。

五  原告の反論

1  塩小売人指定制及び販売標準数量による塩小売人指定基準の違憲性について

塩の小売業の自由は、国民が本来亨有する職業選択の自由(憲法二二条一項)の一つであり、その制約は合理的な範囲で必要最小限度に止められなければならず、せいぜい届出制にすべきである。塩小売人指定制を規定した法一九条一、二項は違憲である。また、塩小売人の指定に当っては、販売見込数量ばかりでなく、申請人の予定営業所における市民(消費者)の通行量、市民の需要状況、申請人もしくはその配偶者に既存の営業があれば、その営業実績、予定営業所の地域的特性あるいは申請人の法的保護の必要性等を総合的に判断してなされるべきであり、販売標準数量のみにより制約するのは合理的な範囲内の制約とはいえず、これを定めた法二二条三号、規則一八条、手続及び細則の各規定は憲法二二条一項に違反する。

2  原告に関する具体的事情と本件処分の違法

本件予定営業所では、次のとおり、規則、手続及び細則等の基準・方法によって算定される以上の塩の販売量が見込まれ、かつ、原告を保護する要請もあるので、本件処分は違法である。

(一) 本件予定営業所は、京都市の有数な目抜通りである河原町通に面し、すでに原告の夫は右場所で食料品店を営んでおり、右店は深夜営業を標榜しているので夜半に至って全市内からの購買客が多数自動車で来集する。又、本件予定営業所の付近には京都府立医科大学、同大学附属病院、同府立芸術会館、世界救世会館、公務員共済宿舎くに荘、ワープロ教室富士学園、京都地方法務局、近畿財務局財務部等があり、それらに関係する者や自動車で来店する客が後をたたず、それらの者が塩の小売を求めている実情にあるほか、既設の吉田美代子小売人の店は鴨川を挟んではるか東方に、同谷楢一小売人の店は河原町通と荒神口通の交差点を南方へしかも本件予定営業所とは反対側に、同安井明小売人の店ははるか離れた今出川通に位置し、いずれも本件予定営業所とは離れている。以上により原告は他の近隣業者より以上の売上高を上げ得る。

(二) 身体障害者福祉法二四条の趣旨は塩小売人の指定においても妥当し、原告は、第I腰椎圧迫骨折及び変形性脊椎症による体幹機能障害で身体障害者等級表による級別<3>級の第一種身体障害者であって、京都市から身体障害者手帳の交付を受けているので、原告の塩小売人指定申請に対しては、身体障害者保護の見地から特別の配慮を要する。

二 原告の反論に対する認否及び再反論

1  同1の事実中、憲法、法、規則、手続及び細則の各規定の存在は認めるが、主張は争う。

2(一)  同2冒頭の事実は否認し、主張は争う。

(二)  同2(一)の事実中、本件予定営業所が河原町通に面していること、原告の夫が同所で食料品及び酒類販売業を営んでいること、主張の施設及び既設小売人の店舗があることは認めるが、その余の事実は否認ないし争う。京都府立医科大学附属病院は、塩の需給の必要性から、その施設内にすでに同大学生活協同組合小売人が配置され、同府立芸術会館及び世界救世会館等の施設の居住者の需要は、本件申請の審査の際すでに考慮されている。塩は最寄品であり、消費者は居住地付近の小売人から塩を購入するという実態及び購入頻度等からみて、右諸施設を訪れた者が塩の購入のために本件予定営業所に来店したり、塩の購入のために本件予定営業所の供給見込区域外から自動車で来店することがあるとしても例外的でその数は少なく、その購入量もわずかであって、これらの者が塩を日常的に原告方で購入することは考えられない。

(三)  同2(二)の事実は認め、主張は争う。身体障害者福祉法は、身体障害者の更生を援助し、その更生のために必要な保護を行い、もって身体障害者の生活の安定に寄与する等その福祉の増進を図ることを目的とするが、それは、塩専売法の立法趣旨、特に塩専売制及び塩小売人指定制の立法趣旨との調整を図るべきものであり、いかなる場合に身体障害者に優遇措置ないし配慮をすべきかは勝れて立法政策に関わる立法の裁量の範囲に属する問題であり、身体障害者福祉法が、身体障害者に対し、たばこ小売販売業許可に関して優遇的な配慮を規定するに止まり、塩小売人の指定に関してはなんらそのような措置を規定していないことからして、被告が原告が身体障害者であることを勘案しなかったとしても違法ではない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  塩小売人指定制(法一九条一、二項)及び販売標準数量による指定基準(法二二条三号、規則一八条、手続二五条)の合憲性について

1  塩専売制の目的について

法は、塩の一手買取り、輸入、再製、加工及び販売の権能は国に専属することとし(法三条)、右権能を日本たばこ産業株式会社法(昭和五九年法律第六九号)によって設立された被告に行わせることにしている(法四条)。右の塩専売制は、塩が生活必需品、工業原料として重要な物資であることから、塩の需給及び価格の安定を確保するとともに、製造価格などで国際的な水準に達しておらず、いまだ自立が困難な状況にある国内塩産業の基盤を強化する(法一条参照)ことを目的として、旧塩専売法下でも行われていた塩の専売制度を維持することにしたものである。塩専売制は公益を目的として公共の福祉に合致するものということができる。ちなみに、被告は、特殊会社であるとはいえ営利を追求する株式会社であるところから、塩専売事業の公共性、公益性を担保するために、たばこと塩の各事業の区分経理を行ない塩事業からの利益は塩専売価格安定準備金として積み立てることにするなどの諸措置が採られている(法五〇条、五三条参照)。

2  法一九条一、二項(塩小売人指定制)の合憲性について

塩専売権能を行使する被告は、塩の販売をすることができる元売人及び小売人を指定する権限を付与され(法一九条一項)、原則として被告又は右指定を受けた元売人、小売人でなければ、塩を販売してはならないこととされている(法一九条二項本文)。被告は、塩小売人の販売上限価格を設定する(法二九条)ほか、塩小売人に対し、塩販売の営業に関して種々の指示をすることができ(法三二条一項)、塩小売人は帳簿の作成、被告に対する業務報告の義務を負う(法三二条二項、一四条一項)など、被告は、塩小売人を監督し、小売人はこれに服するとともに種々の義務を負っている。また、被告が法に基づき行なう行政処分に関しては、大蔵大臣により被告の代表取締役のうちから指名された塩専売事業の責任者(塩事業責任者)が決定し、取締役会は右事項について議決することができないこととされ(法四〇条一ないし三項)、塩小売人指定に関して、機構面からも、営利追求でなく公益を目的とする塩専売制の趣旨にそった処分がなされるよう手当がなされている。

以上によれば、右塩小売人指定制は、塩の需給及び価格の安定の確保という塩専売制の目的を達成するために必要かつ合理的な措置であると解され、塩小売人指定制を定めた法一九条一、二項は、憲法二二条一項に違反するものではないというべきである。

3  法二二条三号、規則一八条、手続二五条(販売標準数量による小売人指定の制限)の合憲性について

法二二条三号は、被告が塩小売人の指定をしないことができる場合の一つとして、「塩の販売予定数量が大蔵省令で定める標準に達せず、その他著しく不適当とみとめられるとき」と規定している。

大蔵省令である規則一八条は、予定営業所の所在地の区分として人口が著しく稠密な地域、特別区及び市制施行地、町制施行地、村制施行地の四区分を設け、その区分に応じた販売標準数量を定め、予定営業所の所在地が特別区にある場合の販売予定数量は、一人当りの消費量に一〇〇〇を乗じて得た数量とし、「一人当りの消費量」とは、予定営業所の所在地が属する都道府県のうち当該所在地の区分に該当する地域における小売人の年間販売実績数量を、当該地域の人口で除したものの被告会社の定めるところにより計算した三年間の平均とすると定めている。

更に、手続二五条二項は、右「一人当りの消費量」は、各都道府県の右地域ごとにその地域内の年間小売販売実績数量(指定更新年度前各三か年間の数量)を人口(指定更新年度各三か年の一〇月一日現在のもの)で除したものの三か年平均数量としている。

ところで、個々の家庭の塩の消費量、購入頻度、購入量には大きな変動はなく、一般家庭で消費される塩は最寄品としての性格を有するので、一定地域内における一定期間内の塩の消費量は、その地域内に存在する塩小売人の多寡にかかわらずおおむね一定しているとみられる。仮に、販売標準数量による小売人指定の制限を設けなければ、塩小売人が乱立して、被告の塩小売人に対する効果的な指導監督が困難になるおそれがあるほか、流通経費の増大、売れ残り品の発生に伴う声価維持費の増大を招きかねず、その結果、塩を低廉かつ安定した価格で供給することができなくなる事態が生じるおそれがあると考えられる。したがって、このような弊害の発生を防いで塩の需給及び価格の安定を確保し、消費者の利便を損なわないようにするために、法二二条三号が小売人の販売予定数量が販売標準数量に達しない場合には小売人指定をしないことができると規定するのは必要かつ合理的な措置であると解される。

また、販売標準数量をどのように定めるか、また、販売見込数量をどのようにして算定するかは、事柄の性質上、一義的に定まるものではないため、法二二条三号は抽象的な規定を設けるにとどめ、その具体的な販売標準数量の設定は大蔵大臣の専門技術的裁量に委ねている。法二二条三号を受けて規定された規則一八条及びその委任を受けた手続二五条は、前記のとおり、主として居住人口、販売実績数量に着目して地域区分に応じた販売標準数量を定めているが、塩の最寄品という商品特性、消費者の購入量、購入頻度等に鑑みると、右規定は合理的であると考えられるし、その具体的内容にも不合理な点があることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、法二二条三号、規則一八条、手続二五条は憲法二二条一項に反するものではないというべきである。

三  本件処分の適法性

1  既設の小売人として吉田美代子、谷楢一、安井明の各店があることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第四号証、乙第一、第二号証、第三号証の一ないし四、証人西田五雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一ないし三、第五、第六号証、証人西田五雄の証言によれば、被告の主張3(一)、(二)の事実が認められ、規則一八条、手続二五条の規定に則って算出した原告に適用される販売標準数量は二六〇〇キログラムとなり、一方、被告主張の方法により算出した場合、本件予定営業所における販売見込数量は一四七二キログラムとなる。

2  ところで、販売見込(予定)数量についての被告主張の算定方法は、法的な効力を有するものではないが、塩が最寄商品としての性格を強く有することからすると、被告主張の算定方法は合理的であって、この方法により算定された額は、法二三条三項の申請人の「販売予定数量」であると推認することができる。

原告は、本件予定営業所では、右認定の数量以上の塩の販売を見込むことができると主張する。

本件予定営業所が河原町通に面し、原告の夫が右場所で食料品店を営んでいること、本件予定営業所の付近には京都府立医科大学、同大学附属病院、京都府立芸術会館、世界救世会館、公務員共済宿舎くに荘、ワープロ教室富士学園、京都地方法務局、近畿財務局財務部があることは、当事者間に争いがなく、河原町通が京都市内で有数の人車の通行量が多い道路であることは当裁判所に顕著な事実である。また、前掲乙第四号証の一、証人谷内要五郎の証言によれば、本件予定営業所である原告の夫の食料品店は午前九時から翌日の午前四時までの間営業していることが認められる。

しかし、証人西田五雄の証言によれば、京都府立医科大学附属病院は、その施設内に同大学生活協同組合小売人が配置されていることが認められ、前記各施設は住宅とは認められないからそれらに常に居住している者は僅かであると推測され、これらの施設の利用者に対する給食用、食堂用の塩がまとめて原告の予定営業所で購入されると見込まれる証拠はないこと、又、塩が最寄品としての商品特性を有し、かつ一定の地域の一定期間の需要にはそう大きな変動がないと考えられることからすると、右諸施設の利用者の需要や、自動車で本件予定営業所の供給見込区域外からやって来る客の需要、あるいは、原告の予定営業所において深夜の時間帯に営業していることによって見込むことができる需要を多量のものと見込むことは相当でなく、本件予定営業所において、被告が算出した同所の販売見込数量一四七二キログラムを大幅に上回る販売標準数量二六〇〇キログラム以上の販売量を見込むことはできるとは本件全証拠によっても認めることができない。

そうすると、予定営業所における塩の販売量は大蔵省令で定める標準に達していないから、法二二条三号により、原告を塩小売人に指定しないことが許される場合に該当する。

3  原告は、身体障害者であるから、本件申請については身体障害者保護の見地から特別の配慮を要する旨主張する。

原告は、京都市から身体障害者手帳の交付を受けた第I腰椎圧迫骨折及び変形性脊椎症による体幹機能障害で身体障害者等級表による級別<3>級の第一種身体障害者であることは当事者間に争いがないが、塩小売人の指定に関して、身体障害者に対して優遇する措置を採るべきことを規定した明文の規定はないし(身体障害者福祉法二四条参照)、塩の専売制度が塩の需給及び価格の安定の確保という公益を目的としたものであることにも鑑みると、被告が、本件申請の判断に当たり、原告が身体障害者であるとの事情を勘案しなかったとしても裁量権の逸脱や濫用の問題は生じないものと解され、原告の右主張も失当である。

四  よって、本件処分は適法であって、原告の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井関正裕 佐々木洋一 朝日貴浩)

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